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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)112号 判決 1998年11月26日

神奈川県厚木市恩名1370番地

原告

株式会社ユニシアジエックス

代表者代表取締役

安諸利雄

訴訟代理人弁理士

志賀富士弥

橋本剛

小林博通

富岡潔

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

亀丸広司

田中弘満

廣田米男

鈴木泰彦

主文

特許庁が平成3年審判第13073号事件について平成7年2月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

主文と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年3月30日、発明の名称を「ベーンポンプ」とする発明について特許出願をしたところ(昭和58年特許願第54697号。以下、この発明を「本願発明」という。)平成3年4月12日に拒絶査定を受けたので、同年7月3日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成3年審判第13073号として審理し、平成5年8月5日に出願公告をしたが(平成5年特許出願公告第52438号)、特許異議の申立てを受け、平成7年2月20日、特許異議の申立ては理由があるとの決定をするとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年3月20日に原告にその謄本を送達した。

2  本願発明の特許請求の範囲

一端開口の環状凹部が形成されたハウジングと、このハウジングの環状凹部内に収容配置され、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取付けたロータを収容するカムリングと、このカムリングの一側面に接し、前記ハウジングの環状凹部内に吐出油の高圧室を形成するサイドプレートと、前記ハウジング開口端を閉じるカバープレートとを備えたベーンポンプにおいて、前記ハウジングとカバープレートとの合せ目にシール板を挾込み、該シール板の外周形状を、前記ハウジング及びカバープレートの接合部の外周形状と略同一の形状に形成すると共に、シール板の内周に、前記外周形状をハウジング等の外周形状に合わせたときに、ハウジングの環状凹部及び該環状凹部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むシールリングを設け、該シールリングを前記シール板と共に前記ハウジングと前記カバープレートとの合わせ目に挟込み、さらに、このシール板には、その外周形状をハウジング及びカバープレートの外周形状に合わせたときに、これらハウジング及びカバープレートに設けたボルト用穴に合致するボルト挿通穴を設けたことを特徴とするベーンポンプ。(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例

実願昭56-49270号(実開昭57-160984号)のマイクロフィルムには、その第1図他に、「ポンプハウジングと、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取り付けたロータを収容するカムリングと、カバープレートとを備えたベーンポンプにおいて、ロータ収容部とロータ収容部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むオイルシールを設けたもの」が記載されているとともに、第3図他に、「一端開口の環状凹部が形成されたハウジングと、このハウジングの環状凹部内に収容配置され、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取付けたロータを収容するカムリングと、このカムリングの一側面に接し、前記ハウジングの環状凹部内に吐出油の高圧室を形成するサイドプレートと、前記ハウジグ開ロ端を閉じるカバープレートとを備えたベーンポンプ」が記載されており、後者のベーンポンプにおいて、前記ハウジングと前記カバープレートとの合わせ目に挟み込まれたオイルシールはハウジングの環状凹部をとり囲むものであることが第3図から推認される。(以下「引用例1」という。別紙図面(2)参照)

また、実願昭48-76064号公報(実開昭50-23558号)のマイクロフィルムには、「一般産業機械に使用されるガスケットにおいて、剛性スペーサと、剛性スペーサの内周に設けた弾性体及び膨張体とからなり、全体のガスケットの形状は締め付けようとする締付物のフランジと同一であり、剛性スペーサには締付用ボルトが貫挿されるボルト穴を設けたもの」が記載されている。(以下「引用例2」という。別紙図面(3)参照)

(3)  対比

(イ) 本願発明と引用例1記載の考案とを対比すると、引用例1記載の考案の「オイルシール」は、本願発明の「シールリング」に相当する。

(ロ) また、引用例1記載の考案の「ロータ収容部」は、本願発明の「環状凹部」に相当する。

(ハ) したがって、両者は、「一端開口の環状凹部が形成されたハウジングと、このハウジングの環状凹部内に収容配置され、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取り付けたロータを収容するカムリングと、このカムリングの一側面に接し、前記ハウジングの環状凹部内に吐出油の高圧室を形成するサイドプレートと、前記ハウジング開口端を閉じるカバープレートとを備えたベーンポンプにおいて、ハウジングの環状凹部及び該環状凹部の外周に設けられ左低圧通路をとり囲むシールリングを設け、該シールリングを前記ハウジングと前記カバープレートとの合わせ目に挟込んだもの」である点で一致する。

(ニ) 他方、本願発明のシールリングがシール板の内周に設 けられたものであり、該シール板の外周形状を、前記ハウジング及びカバープレートの接合部の外周形状と略同一の形状に形成するとともに、前記シールリングを前記シール板とともに前記ハウジングと前記カバープレートとの合わせ目に挟み込み、さらに、このシール板には、その外周形状をハウジング及びカバープレートの外周形状に合わせたときに、これらハウジング及びカバープレートに設けたボルト用穴に合致するボルト挿通穴を設けたのに対し、引用例1記載の考案においてはシールリングは単体であって、シール板を有していない点で相違している。

(4)  当審の判断

上記相違点について検討すると、引用例2記載のガスケットにおいても、弾性体が、剛性スペーサの内周に設けられており、剛性スペーサの外周形状は、締め付けようとする締付物のフランジと同一であり、ガスケットは、締め付けようとする2つの締付物のフランジの合わせ目に挟み込まれるものであり、ボルト穴は、剛性スペーサの形状を締付物のフランジの形状に合わせたときに、フランジに設けたボルト用穴に合致するものであることは、自明のことである。そして、前記「弾性体」、「剛性スペーサ」、『ボルト穴」は、本願発明の「シールリング」、「シール板」、「ボルト挿通穴」に相当するものである。また、一般産業機械に使用されるものとして記載されている引用例2記載のガスケットを、一般産業機械の一技術分野であるベーンポンプのシール用に用いる点に格別の困難性はないことも考慮すれば、引用例1記載の考案におけるシールリングに替えて引用例2記載のガスケットを適用して、前記相違点として挙げた本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できることである。

そして、本願発明の要旨とする構成によりもたらされる、シール溝加工が不要であること、外観を損なわず組付けを外観でチェックできること、シール性や耐久性に優れること、シール板のセンタリングと回転止めを行うことができること等の効果も、当業者が各引用例記載のものから予測しうるものであって、格別のものとはいえない。

(5)  むすび

したがって、本願発明は、各引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由中、(1)、(2)は認める。(3)(イ)は争う。(ロ)は認める。(ハ)のうち、「該シールリングを前記ハウジングと前記カバープレートとの合わせ目に挟込んだものである点で一致する。」との記載は争い、その余は認める。(ニ)は認める。(4)、(5)は争う。

(2)  取消事由1(相違点の顕著な作用効果)

(イ) 本願発明は、審決が引用例1記載の考案との相違点として指摘している、シールリングをシール板とともにハウジングとカバープレートとの合わせ目に挟み込むという構成を採用することによって、カムリングの外周とシールリングとの間に作業室と低圧通路とを連通する「隙間(通路部)」を形成し、その結果、充分なシール性と耐久性の向上を図ることができるという優れた作用効果を奏するものである。

すなわち、本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、シール板とシールリングの両者がハウジングとカバープレートの間にサンドイッチ状に挟まれることによって、ハウジングとカバープレートとが引き離されて、結果的に、シール板の肉厚分の隙間が形成される。このことは、本願明細書の発明の詳細な説明中の記載や本願図面の第4図ないし第7図の記載内容からも容易に理解することができる。したがって、本願発明においては、特許請求の範囲に、シール板、シールリング、ハウジング、カバープレートの4つの構成部材の相互の関係を記載することによって、カムリングの外周とシールリングとの間に作業室と低圧通路を連通する隙間(通路部)が存在することが一義的に定まっており、実質的に、上記のとおり隙間(通路部)を設けた構成が必要欠くべからざる事項として明確に記載されているものである。

その結果、上記隙間(通路部)内の圧力を低圧通路の圧力とほぼ等しい圧力に低下させるようにして、シールリングに比較的低圧な圧力が作用するだけとなるので、従来例や引用例1記載の考案におけるシール溝内のシールリングのように、作業室からリークした高圧油によるシール性や耐久性の低下といった問題が一掃され、充分なシール性と耐久性の向上を図ることができるのである。

(ロ) 一方、引用例1にも引用例2にも、本願発明の隙間(通路部)に相当する具体的な構成及び作用効果が全く開示されていないばかりか示唆さえもないから、引用例1、2記載の各考案を組み合わせても、本願発明のようなった優れた作用効果を全く奏しないことは明らかである。仮に、引用例1、2記載の各考案を組み合わせたとしても、引用例1、2記載の各考案から、本願発明の特異な構成から導かれる作用効果を予測することは不可能である。

(ハ) 引用例1の第3図には、カムリング3の外周面とポンプハウジング1の内周面との間に「隙間」が開示されているが、同図に示されるベーンポンプは、ポンプハウジング1の中空円筒状凹部21内にカムリング3をすっぽりと組み込む構成となっているからこそ、カムリング3の周辺に隙間が形成できるのであって、これを引用例1の第1図のベーンポンプに適用するとしたら、低圧通路をも中空円筒状凹部21内に直接的に形成することになり、極めて不自然な構造になるばかりか、ポンプとして機能するか否かも疑問である。

仮に、第3図に示すベーンポンプに、第1図に示す低圧通路が存在するとしても、第3図に示す「隙間」は、あくまでポンプハウジング1の中空円筒状凹部21内にカムリング3を組み込むからこそ生じるものであるから、この「隙間」と中空円筒状凹部21内には有しない低圧通路との関連、特に連通させる構成を考えることは全く不可能である。

しかも、第3図に示すベーンポンプには、本願発明の低圧通路のほかに、シール板や該シール板の内周に設けられたシールリングなどの特異な構成が全く開示されていないばかりか示唆すらなく、ましてや低圧通路と隙間(通路部)との連通構成などの記載は皆無である。

(ニ) 被告は、本願発明の場合、隙間(通路部)がなくても、カムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油は、シールリングの周囲を通り、さらにボルト周辺以外の隙間を通ってすみやかに低圧通路に流入するから、前記作用効果も奏しうる旨主張するが、隙間(通路部)が存在しなければ、本願明細書に記載されている従来例及び引用例1記載の考案と同様な問題が生じることは明らかであって、失当である。

(ホ) したがって、本願発明の特許請求の範囲記載の構成によりもたらされるシール性や耐久性に優れること等の効果が、当業者が引用例1、2記載の各考案から予測しうるものであって格別のものとはいえないとする審決の判断は、誤っている。

(3)  取消事由2(引用例1、2の組合せからの本願発明の容易想到性)

(イ) 審決は、引用例2記載のガスケットにおいて、弾性体が剛性スペーサの内周に設けられており、剛性スペーサの外周形状は締め付けようとする締付物のフランジと同一であり、ガスケットは締め付けようとする2つの締付物のフランジの合わせ目に挟み込まれるものであるから、引用例2の「弾性体」、「剛性スペーサ」は、本願発明の「シールリング」、「シール板」に相当すると認定しているが、誤っている。

すなわち、本願発明は、従来技術や引用例1記載の考案において、ハウジングとカバープレートとの合わせ目をシール溝に収装したシールリングで封止することによって生じる問題点、つまり、シール溝の加工精度の悪化、シールリングがシール溝に正しく収装されていない場合に充分な封止効果が得られない、また、組付後に、シールリングがシール溝に正しく収装されているかどうか外観によりチェックできないという第1の問題点、カムリングとカバープレートとの間からシール溝内に漏れた高圧油がシールリングに直接作用して該シールリングのシール性能や耐久性を低下させるという第2の問題点について総合的に解決することを技術的課題としている。そして、本願発明は、従来のベーンポンプのシールには一切用いられていなかった硬質のシール板と軟質のシールリングとを結合したシール部材を利用して、シール溝を廃止することと、シール板の外周形状をハウジングとカバープレートの接合部の外周形状と略同一に設定して、上記シール板とシールリングをハウジングとカバープレートとの合わせ目に挟み込むこととによって前記第1の問題点を解決し、また、前記(2)(イ)記載のとおり、カムリングの外周とシールリングとの問に作業室と低圧通路とを連通する隙間(通路部)を形成することによって、充分なシール性と耐久性の向上を図ることができ、前記第2の問題点を解決したものである。

(ロ) 一方、引用例2記載の考案は、一般産業機械に使用されるガスケットに関するものであって、従来のガスケットが、使用中に発生する熱変動および負荷変動によるヘタリや老化によってシール性が著しく損なわれるという問題点の解決を技術的課題としている。また、引用例2記載の考案において、剛性スペーサを介装したのは、ボルト軸力と、使用中に発生するスラスト力をスペーサが直接受けることによる過度な面圧による弾性体のヘタリを防止するためであり、その結果、剛性スペーサの存在により、ボルト軸力と、使用中に発生するスラスト力をスペーサが直接受けることにより、弾性体の過度な面圧によるヘタリを防止するといった作用効果が奏されるだけである。

したがって、本願発明と引用例2記載の考案とでは、技術的課題、具体的構成、作用効果のすべてが相違しているのであり、前記審決の認定は誤っているものである。

(ハ) また、審決は、一般産業機械に使用される引用例2記載のガスケットを、一般産業機械の一技術分野であるベーンポンプのシール用に用いる点に格別の困難性はないと判断している。

しかし、本願発明は、単に抽象的な一般産業機械に適用されるものでなく、具体的なベーンポンプに適用され、このベーンポンプ特有の構成である低圧通路を利用したものであり、また、引用例2記載のガスケットと本願発明のシール板及びシールリングとは前述のように技術的意義が全く相違している。したがって、審決の上記判断は、誤っている。

(ニ) 更に、引用例1記載のベーンポンプは、カバープレートとカムリングとを共締めして互いの対向する両端面を密接(メタルタッチ)状態にすることにより一次的なシールを得ることを基本構造としているから、引用例1記載のベーンポンプに、前記のような技術的課題、構成、作用効果を有する引用例2記載のガスケットを適用することには無理がある。

(ホ) したがって、引用例1記載の考案におけるシールリングに替えて引用例2記載のガスケットを適用することは、当業者が容易に想到できることであるとする審決の判断は、誤っている。

第3  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定判断はすべて正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  被告の反論

(1)  取消事由1について

(イ) 原告は、本願発明は、カムリングの外周とシールリングとの間に作業室と低圧通路とを連通する隙間(通路部)を形成することによって、充分なシール性と耐久性の向上を図ることができるという優れた作用効果を奏する旨主張する。

しかし、原告のいう「隙間(通路部)」は、本願発明の特許請求の範囲にも、その他明細書中においても、何らの記載もされていないのであるから、本願発明の環状凹部に嵌合したカムリングに「隙間」なく密接してシールリングが存在することも充分考えられる。したがって、本願発明の構成において必然的に「隙間(通路部)」が存在するかのような原告の主張は失当である。

また、本願発明の「カムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油は低圧通路に流入するから、シール板は実質的に低圧状態におかれ」(甲第2号証6欄10行ないし12行)との作用は、シールリングが環状凹部と低圧通路をとり囲む構成によって生じるものである。すなわち環状凹部と低圧通路を同じシール領域に入れておくことにより、環状凹部に配置されたカムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油が同じシール領域内の低圧通路に流入することになる。そして、その結果として、シール板は、実質的に低圧状態におかれ、シール板はポンプの高圧を直接受けることがなく低圧を封止すればよいことになるから、シール性、耐久性に優れたものとなるとの効果につながる。したがって、本願発明におけるシール性、耐久性の作用効果は、「隙間」がなくても生じるものである。

一方、引用例1記載の考案もシールリングが環状凹部と低圧通路をとり囲む同様の構成を有しているから、同様の作用効果も有するものである。

したがって、本願発明のシール性や耐久性の作用効果は、当業者が引用例1、2記載の各考案から予測しうるものであって、審決の判断は、相当である。

(ロ) 仮に本願発明に「隙間(通路部)」の構成が存在すると認められたとしても、引用例1の第3図には、カムリングの外周面とポンプハウジングの内周面、すなわち、環状凹部との間に、明瞭に「隙間」が存在する。したがって、引用例1の第1図記載の構成を第3図記載のベーンポンプに適用した場合、当然カムリングの外周面と環状凹部との間には「隙間」があることになる。そして、カムリングとカバープレートの間から漏れた高圧油は、まず、この「隙間」に流入し、その後シールリングにとり囲まれ、同じシール領域にある低圧通路に流入することになる。したがって、引用例1記載の考案は、本願発明と比べて、作用効果に格別の差異はないものである。

(2)  取消事由2について

(イ) 引用例1記載のシールリングに替えて引用例2記載のガスケットを適用することは、当業者が容易に想到しうるものである。

すなわち、本願発明の課題は、「シール溝の加工を廃止することができると共に、シールリングの正しい組付けを外観でチェックすることが可能なベーンポンプを得ること」(甲第2号証4欄30行ないし33行)である。ここで、引用例2記載のガスケットは、弾性体が剛性スペーサの内周に設けられており、剛性スペーサの外周形状は、締め付けようとする締付物のフランジと同一であり、ガスケットは、締め付けようとする2つの締付物のフランジの合わせ目に挟み込まれるものである。そして、この構成から、上記課題が達成されることは、自明のことであるから、引用例2記載のガスケットには上記課題が内在するものということができる。また、本願発明と引用例1記載の考案との相違点が引用例2記載のガスケットの構成によって充足されることは、審決記載のとおりである。本願発明の作用効果のうち、シール溝加工が不要であること、外観を損なわず、組付けを外観でチェックできること、シール板のセンタリングと回転止めを行うことができるという作用効果は、引用例2記載のガスケットの構成から導かれる作用効果と同一であう。シール性、耐久性に優れたものとなるとの作用効果については、前記(1)(イ)記載のとおりである。

したがって、審決の判断に誤りはない。

(ロ) 原告は、引用例1記載のベーンポンプは、カバープレートとカムリシグとを共締めして互いの対向する両端面を密接(メタルタッチ)状態にすることにより一次的なシールを得ることを基本構造としているから、引用例1記載のベーンポンプに引用例2記載のガスケットを適用することには無理がある旨主張するが、カムリングの研磨によるメタルタッチは、あくまでカムリングとカバープレートやサイドプレートとの問のもので、それはポンプ性能を確保するために当然必要であるが、そのこととハウジングとカバープレートとの間がメタルタッチとなっているかどうかとは関係がない。

引用例1記載のベーンポンプにおけるシールリングといい、引用例2記載のガスケットといい、結局は自らが境界を画する内外領域間を封止して流体の流通を防ぐものであって、その基本的機能に変わりはなく、しかも、引用例2記載のガスケットはベーンポンプも含まれる一般産業機械に使用されるものであるから、原告の主張は、当を得ない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  甲第2号証(本願発明に係る特許公報)及び甲第8号証(平成6年6月21日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明について、次のとおりの記載があることが認められる。

1  技術分野

「この発明は、車両用動力操向装置などのパワーソースとして用いられるベーンポンプの改良に関する。」(甲第2号証1欄下から1行ないし2欄2行)

2  従来技術の問題点とその解決手段

「従来のベーンポンプにおいては、ハウジング1とカバープレート24との合せ目を、シール溝32に収装したシールリング31で封止する構成であるため、シール溝32の加工精度が悪い場合や、シールリング31がシール溝32に正しく収装されていない場合に十分に封止劾果が得られない虞があり、細心の注意を払って加工及び組付を行なう必要があると共に、組付後に、シールリング31が正しく組付けられているか否かを外観でチェックできないという欠点があった。そこでこの発明は、ハウジングとカバープレートとの合せ目に、シールリングを内周側に接着した、シール板を挟込む構成とすることにより、シール溝の加工を廃止することができると共に、シールリングの正しい組付けを外観でチェックすることが可能なベーンポンプを得ることを目的としている。」(同4欄17行ないし34行)

3  構成

特許請求の範囲の構成を採用した(甲第8号証2枚目)。

4  作用効果

「この発明によれば、ハウジングとカバープレートとの合わせ目にシール板を挟込むことにより、シール溝加工等を不要にしてハウジングとカバープレートとの合わせ目を封止することができる。また、シール板の外周形状をハウジング及びカバープレートの接合部の外周形状と略同一の形状に形成することにより、ポンプの外観を何等損なう事なくシール板を設けることができると共に、組付け後にシール板が正しく組付けられている状態を外観でチェックすることができる。さらに、シール板の内周に、外周形状をハウジング等の外周形状に合わせたとき、ハウジングの環状凹部及び該環状凹部の外周に設げられた低圧通路をとり囲むシールリングを設けたことにより、カムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油は低圧通路に流入するから、シール板は実質的に低圧状態におかれ、シール板はポンプの高圧を直接受けることがなく低圧を封止すればよいことになるから、シール性、耐久性に優れたものとなる。さらにまた、そのシール板には、その外周形状をハウジング及びカバープレートの外周形状に合わせたとき、これらハウジング及びカバープレートに設けたボルト用穴に合致するボルト挿通穴を設けたことによりシール板のセンタリングと回転止めを行うことができる。したがって、耐久性、信頼性に優れたベーンポンプを得ることができる。」(甲第2号証5欄34行ないし6欄22行)

第3  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  取消事由1について

(1)  本願発明と引用例1とを対比すると、本願発明のシールリングがシール板の内周に設けられたものであり、該シール板の外周形状を、前記ハウジング及びカバープレートの接合部の外周形状と略同一の形状に形成するとともに、前記シールリングを前記シール板とともに前記ハウジングと前記カバープレートとの合おせ目に挟み込み、さらに、このシール板には、その外周形状をハウジング及びカバープレートの外周形状に合わせたときに、これらハウジング及びカバープレートに設けたボルト用穴に合致するボルト挿通穴を設けたのに対し、引用例1記載の考案においてはシールリングは単体であって、シール板を有していない点で相違していることは、当事者間に争いがない。

(2)  本願発明の隙間(通路部)について

(イ) 原告は、本願発明は、シールリングをシール板とともにハウジングとカバープレートとの合わせ目に挟み込むという構成を採用することによって、カムリングの外周とシールリングとの間に作業室と低圧通路とを連通する隙間(通路部)、を形成し、その結果、充分なシール性と耐久性の向上を図ることができるという優れた作用効果を奏する旨主張するので、検討する。

(ロ) 本願明細書の特許請求の範囲には、「シール板の内周に、前記外周形状をハウジング等の外周形状に合わせたときに、ハウジングの環状凹部及び該環状凹部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むシールリングを設け、該シールリングを前記シール板と共に前記ハウジングとカバープレートとの合わせ目に挟込み、」と記載されているのであって、上記記載によると、ハウジングとカバープレートとの合わせ目に、ハウジングの環状凹部及び環状凹部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むようにしてシール板及びシールリングを挟み込むというものであり、かつ、シール板及びシールリングが肉厚を有するものである以上、シール板及びシールリングの内側には、必然的に隙間が形成されることになるものと認められる。

そして、特許請求の範囲の「このハウジングの環状凹部内に収容配置され、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取付けたロータを収容するカムリングと、」との記載によれば、ハウジングの環状凹部内にはカムリングが収容配置され、そのカムリングはロータを収容し、ロータには複数のベーンを略放射方向に出没自在に取り付けちれているところ、ベーンポンプがポンプとしての機能を果たすうえで、カムリング及びロータと、カバープレートとの接触面は、研磨によるメタルタッチで密着させていなければならないことは、ベーンポンプの性質上自明の事柄であるから(被告も認めるところである。)、カムリングの外周から前記シールリングの内側までの区域におけるカバープレートとハウジングとの間において、必然的に間隙が生じているものと認められる。

このことは、前記認定のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明中の「シール板の内周に、外周形状をハウジシグ等の外周形状に合わせたとき、ハウジングの環状凹部及び該環状凹部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むシールリングを設けたことにより、カムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油は低圧通路に流入するから、シール板は実質的に低圧状態におかれ、シール板はポンプの高圧を直接受けることがなく低圧を封止すればよいことになるから、シール性、耐久性に優れたものとなる。」として、本願発明において、カムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油が低圧通路に流入するまでの通路が存在することを示唆していること、本願明細書に本願発明の実施例について、「第4図及び第5図はこの発明の実施例を示す図面である。即ち、ハウジング1とカバープレート24との合せ目にはシール板35を挟込んである。このシール板35は薄板36、好ましくは薄鋼板で作られている。」(甲第2号証4欄38行ないし42行)との記載があり、第4図をみると、シール板35の肉厚分だけハウジング1とカバープレート24の両端面間に隙間が形成されていることからも明らかである。

以上によれば、本願発明において、カムリングをとり囲み低圧通路につながる隙間(通路部)が存在することは、特許請求の範囲に明記されていないものの、特許請求の範囲の解釈上、必然的かつ一義的に導き出されるものであり、しかも、本願発明がその作用効果を奏するために不可欠なものであるから、実質的に本願発明の構成の1つとして、隙間(通路部)を形成することにより、充分なシール性と耐久性の向上を図ることができるという作用効果を奏するものと解するのが相当である。

(ハ) 被告は、原告のいう「隙間」は、本願発明の特許請求の範囲にも、その他明細書中においても、何らの記載もされていないのであるから、本願発明の環状凹部に嵌合したカムリングに「隙間」なく密接してシールリングが存在することも充分考えられる旨主張する。

しかしながら、前記認定判断のとおり、本願発明にいわゆる隙間(通路部)が存在することは、本願発明の特許請求の範囲に明記されていないものの、特許請求の範囲の解釈から必然的かつ一義的に導き出される本願発明の構成の1つであるから、被告の上記主張は、理由がない。

また、被告は、本願発明の「カムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油は低圧通路に流入するから、シール板は実質的に低圧状態におかれ」との作用は、シールリングが環状凹部と低圧通路をとり囲む構成によって生じるものであるとし、本願発明におけるシール性、耐久性の作用効果は、「隙間」がなくても生じる旨主張するが、隙間がなければ「カムリングとカバープレートとの間から漏れた高圧油は低圧通路に流入する」ことはないのであり、被告のいう、シールリングが環状凹部と低圧通路をとり囲む構成によって生じるものが、まさに前認定判断の隙間(通路部)なのであって、同主張は失当というほかない。

(2)  引用例1について

(イ) 一方、前記のとおり、引用例1記載の考案においては、シールリングは、単体であって、シール板を有していないことは、当事者間に争いがないところ、引用例1の審決が引用する部分のみならず、引用例1全体を精査しても、同引用例には、本願発明の隙間(通路部)に相当する構成や作用効果について何の開示もなく、また、これを示唆するような記載も見当たらない。

したがって、引用例1記載の考案が、本願発明における前記認定のような作用効果を奏すると認めることはできない。

(ロ) 被告は、引用例1の第3図には、カムリングの外周面とポンプハウジングの内周面、すなわち、環状凹部との間に、明瞭に「隙間」が存在し、したがって、引用例1の第1図記載の構成を第3図記載のベーンポンプに適用した場合、当然カムリングの外周面と環状凹部との間には「隙間」があることになる旨主張する。

しかしながら、審決において、引用例1の第3図の隙間について全く触れるところがないのであるから、被告の上記主張は、審決において認定判断しなかった技術事項に関する主張であって失当である。

なお、仮に、引用例1の第3図において、カムリングの外周面とポンプハウジングの内周面、すなわち、環状凹部との間に「隙間」が存在するとしても、その「隙間」がどのような構造と技術的意義をもつものであるかにつき、引用例1の審決が引用する部分のみならず引用例1全体を精査しても全く記載されていないのであるから、その意味でも、被告の主張は理由がない。

(3)  そうすると、本願発明は、シールリングを、シール板とともにハウジングとカバープレートとの合わせ目に挟み込み、カムリングの外周とシールリングとの間に作業室と低圧通路とを連通する隙間(通路部)を形成するという構成を採用している点で、引用例1と相違しているところ、その結果、充分なシール性と耐久性の向上を図ることができるという引用例1にない顕著な作用効果を奏するものということができるのであって、審決は、本願発明の奏するこのような顕著な作用効果を看過しているものといわざるをえない。

2  取消事由2について

(1)  引用例1についての次の事実は、当事者間に争いがない。

(イ) 引用例1の第1図他に、「ポンプハウジングと、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取り付けたロータを収容するカムリングと、カバープレートとを備えたベーンポンプにおいて、ロータ収容部とロータ収容部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むオイルシールを設けたもの」が記載されているとともに、第3図他に、「一端開口の環状凹部が形成されたハウジングと、このハウジングの環状凹部内に収容配置され、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取付けたロータを収容するカムリングと、このカムリングの一側面に接し、前記ハウジングの環状凹部内に吐出油の高圧室を形成するサイドプレートと、前記ハウジング開口端を閉じるカバープレートとを備えたベーンポンプ」が記載されており、後者のベーンポンプにおいて、前記ハウジングと前記カバープレートとの合わせ目に挟み込まれたオイルシールはハウジングの環状凹部をとり囲むものであることが第3図から推認される。

(ロ) 本願発明と引用例1記載の考案とは、「一端開口の環状凹部が形成されたハウジングと、このハウジングの環状凹部内に収容配置され、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取り付けたロータを収容するカムリングと、このカムリングの一側面に接し、前記ハウジングの環状凹部内に吐出油の高圧室を形成するサイドプレートと、前記ハウジング開口端を閉じるカバープレートとを備えにベーンポンプにおいて、ハウジングの環状凹部及び該環状凹部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むシールリングを設け」たものである点で一致する。

(2)  ところで、引用例1の第3図には、「一端開口の環状凹部が形成されたハウジングと、このハウジングの環状凹部内に収容配置され、複数のベーンを略放射方向に出没自在に取り付けたロータを收容するカムリングと、このカムリングの一側面に接し、前記ハウジングの環状凹部内に吐出油の高圧室を形成するサイドプレートと、前記ハウジング開口端を閉じるカバープレートとを備えたベーンポンプ」が開示されているが、「ハウジングの環状凹部」の「外周に設けられた低圧通路」と、「低圧通路をとり囲むシールリング」は開示されておらず、第1図には、カムリング自身に、カム孔、カム孔の外周に設けられた低圧通路、低圧通路をとり囲むシールリングが設けられているが、「環状凹部」を有する「ハウジング」、「サイドプレート」などが開示されていないのであって、第1図と第3図は、カムリング付近について構成が著しく相違し、かつ、相互の関連性も認められないのであるから、審決がいう引用例1記載の考案とは、第1図と第3図との構成要素を適宜組み合せたものと理解するしかなく、したがって、引用例1記載の考案において、「ハウジングの環状凹部及び該環状凹部の外周に設けられた低圧通路をとり囲むシールリング」とはどのような構成をいうのかを具体的に特定することは困難であるといわざるをえない。

そうすると、当業者が、上記のような引用例1記載の考案のシールリングに替えて引用例2記載の構造のガスケットを適用することを容易に想到しうるとは考えがたく、また、仮に適用したとしても本願発明のような構成を導き出すことが容易であるとは認めがたい。

(4)  なお、第1図に示されているオイルシールが、引用例1記載の考案において、本願発明と対比されるべき「シールリング」に相当するものと解せられる余地がないともいえないので、念のため考察する。

第1図によれば、上記オイルシールを挟み込んだカバープレートとカムリングは、いずれも合わせ目が平坦な形状になっているものと認められる。そして、カムリング及びロータと、カバープレートとの接触面が、研磨によるメタルタッチで密着させていなければならないものであることは、前記のとおり自明の事柄である。

そこで、引用例1記載の考案のシールリングとして、引用例2記載の構造のガスケットを外周形状に合わせるように置換した場合、剛性スペーサと弾性体がカバープレートとカムリングの合わせ目にサンドイッチ状に挟み込まれることになる。そうすると、カバープレートとカムリングとの接触面の間に、剛性スペーサの肉厚分の間隙を生じさせることとなり、そのため、メタルタッチの密着を確保することができなくなり、必然的に、カバープレートとロータとの合わせ目に間隙を生じさせることとなって、ベーンポンプとしての機能を果たし得なくなる。

したがって、引用例1記載の考案のシールリングを引用例2記載のガスケットで置換した場合は、ベーンポンプとしての機能を果たし得なくなるのであるから、そのような結果を招来するような置換をすることが、当業者にとって容易なものということもできない。

(5)  以上の認定判断に反する被告の主張は、採用することができない。

(6)  そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、審決は、引用例1、2記載の各考案に基づく本願発明の容易想到性の判断を誤ったものといわざるをえない。

第4  以上によれば、審決は、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、引用例1、2記載の各考案に基づく本願発明の容易想到性の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであり、違法であって、取消しを免れない。

よって、本訴請求は、理由があるから、審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年11月12日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙図面(1)

図面の簡単な説明

第4図は本発明の実施例を示すベーンポンプの断面図、第5図は第4図のⅤ-Ⅴ線断面図、第6図はシール板の正面図、第7図は第6図のⅦ-Ⅶ線断面図である。

1……ハウジング、4……駆動軸、5……環状凹部、6ロータ、7……カムリング、8……ベーン、9……作業室、10……サイドプレート、11……高圧室、24……カバープレート、35……シール板、38……ハウジングに設けられたボルト用穴、39……カバープレートに設けられたボルト用穴、40……シール板に設けられたボルト挿通穴。

<省略>

別紙図面(2)

図面の簡単な説明

第1図は従来のベーンポンプの分割斜視図、第2図は本考案カムリングの分解斜視図、第3図は他の実施例のポンプを示す断面図である。

3…カムリング、3a…内側部、3b…外側部、4…カム孔。

<省略>

別紙図面(3)

<省略>

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